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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)526号 判決

控訴人(原告) 緒方孝男 外七〇名

被控訴人(被告) 八幡製鉄株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人らに対して昭和二五年一一月一日なした解雇は無効であることを確認する。訴訟費用はすべて被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は「控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

事実関係は、

控訴人らにおいて「一 控訴人らに対する解雇は、憲法第一四条第一項、労働基準法第三条、憲法第二八条、労働組合法第七条第一号に違反し、民法第九〇条により無効である。本件解雇はいわゆるレツド・パージであつて被控訴人の企業を防衛のため已むを得ずになされたものではない。レツド・バージは、マツクアーサーがアカハタ発行禁止の書簡を出したことにはじまる。労働組合内の共産党勢力に手を焼いていた日本の経営者たちは、アカハタ停刊を指示したに過ぎないマ書簡を、共産党員解雇の合法性の根拠として受けとり、GHQに励まされ日経連に指導されて、一斉にレツド・パージを敢行した。被控訴人主張の解雇理由は、日経連の指導によりレツド・パージを国内法に照らしても合法であるかのように見せかけるために故事つけたものである。被控訴人はこの故事つけをもつともらしく主張し、特高的に集めたぼう大な資料を証拠に提出して裏付けようとしているが、これらの資料を検討すれば、被控訴人がいかに憲法違反の方法で従業員(控訴人ら)の思想調査をなし、そして従業員の抱懐する思想が本件解雇の最大の理由になつていることを証明するだけである。事件の真相を透視すると、被控訴人の主張する解雇理由は、すべて形を整えるための形式的なもので、その実質は控訴人らが共産党員もしくはその同調者という名を着せられた者でしかも熱心な組合運動をした者であることが、解雇の決定的な理由であることを暴露している。レツド・パージが共産党員に対する弾圧であり、組合運動の右旋回を目指したものであることは、いまでは学界の常識になつている。日本資本主義講座第七巻(岩波書店発行)によれば、GHQの労働課長エミースは、昭和二五年九月二五、六日に石炭・造船・鉄鋼・自動車・私鉄・銀行・化学等一〇大産業代表に対し、また同年一〇月六日にはせん維・セメント・石油・印刷出版・生命保険等一二業界代表に対して、レツド・パージを命じた。吉田首相は同年八月五日に赤化防止に必要な措置を講ずるといい、保利労相は同年七月二九日にレツド・パージは官民を問わず必要と強調した。同年一〇月九日には、労政局長名で「企業内における共産主義的破壊分子の排除について」なる秘密通達が都道府県知事あてに出されたが、この通達には、企業からの排除の対象は、共産党員及びその同調者であつて、かつ、そのいずれにしても主導的に活動し、他に対しせん動的であり、またその企画者で、企業の安全と平和に実害のある悪質な所謂アクチブなトラブル・メーカーであると書かれてある。日経連は、エーミス労働課長や労政局と連絡をとつて、同年一〇月二日に「赤色分子排除対策について」という文書を流し、党員並びに秘密党員は、関係方面の情報、部内調査により選定し、共産党の同調者は党との連絡、支援者、極左的言動家、行過ぎの組合活動家や会社業務の阻害者であるとし、解雇は業務上の都合によるとするのが適当であり、法廷斗争では口頭立証は出所追求で窮状にたつおそれがあるので、陳述書で一括反証すべしという詳細な措置を決定指令している(以上同書一八七、一八八頁)。このようなレツド・パージのねらいが、平和と民主主義勢力を労働組合から一掃し、孤立化させることによつて、労働者全部を骨抜きにし、労働者階級を右翼社会民主主義者に売り渡し、朝鮮戦争遂行のための収奪と抑圧の体制をつくり出して、国連協力を強制しようとするものであつたことは明らかである(同書一九〇頁)。野村平爾早大教授は、レツド・パージは共産党員を含む階級的自覚をもつ組合活動家を整理することによつて、組合の自主性を破壊する政策であり、このような組合対策の総仕上げ的意味をもつものであつたという(同書四五六頁・四五五頁)。昭和二五年に敢行されたレツド・パージの背景及び本質が何であつたかは、右によつて明らかである。鉄鋼産業の中核である被控訴人がその例外である筈がない。被控訴人においてレツド・パージの基準は、前示労政局長の秘密通達とほとんど同じ内容であり、パージに必要な資料は、日経連の指針どおりぼう大な陳述書で形成されている。被控訴人は、レツド・パージによつて有力な組合活動家を職場から追放し、とくに組合内の左派的幹部を解雇することによつて、組合運動の指導権を右派幹部の手に引き渡そうと企らんだ。このパージによつて職場には、労働組合活動に対する不安がみなぎり、組合員の先頭に立つて、組合活動をすることを怖がる風潮がみられはじめた。そのため八幡製鉄労働組合の組合運動は、右派的な穏健派に指導されるようになり、パージによつて被控訴人の意図したところは、ある程度現実に成功をおさめた。被控訴人は、八幡製鉄所内の共産党員は党勢拡大のみに狂奔し、その活動は労働組合の活動というべきものではなかつたかのように主張するが、共産党員が、当時一般的に組合問題に対しも最も熱心であつて、親切熱心に組合の結成を世話し、争議に援助を与えていたことは、当時の労働運動事情に最も精通していたといわれる末広厳太郎博士も指摘しているところである(同博士日本労働組合運動史二二七頁)。この労働組合運動が政治活動と密接に結びついていたからといつて、憲法第二八条労働組合法第七条の保護をうけうるのはいうまでもない。控訴人らが企業破壊、秩序びん乱行為に出でなかつたことは、当時の被控訴人らの就業規則、職場内の慣行、職場斗争のあり方をきわめることによつて明白である。要するに本件解雇は冒頭記載の各法条に照らし無効である。

二 控訴人らは本件解雇が無効な解雇であることを訴求する権利を有する。

(1)  第一表の控訴人らについて。

被控訴人は、控訴人らが退職願を提出し、特別退職金まで受領したことは、被控訴人のなした雇用契約の解約申入を承諾したものでここに控訴人らとの雇用契約の合意解約が成立したと主張する。しかし右は、資本主義下における労働者の生活、特にレツド・パージの暴力的なやり方に目をつむつた市民法的な形式的な論理である。問題は右の事実関係を市民法理論でどう説明づけられうるかということではなく、本件記録上明らかなように、あのような状態のなかで、あのような行動をした控訴人らの真の気持は何であつたかということである。固定した市民法の理論から結論を引き出さないで、客観的具体的な資料・条件のなかから真の意味を引き出すという労働法的な立場で事件を見るならば絶対に雇用契約の合意解約が成立したということはいえないのである。

(一)  第一表中の控訴人原田明、山口幸生、吉村和稔、岡田吾郎、高木広義、赤城武美、片山信生、宅野孝城、石川悟、田中春郎、末永光男、野中文雄、江藤義彦、宗像満信の一四名は、レツド・パージ反対斗争の手段として八幡製鉄所構内に立ち入つたというので住居侵入罪に問われ(いわゆる西門事件と称せられるもの)、昭和二五年一一月二日に逮捕され続いて小倉市城野拘置所に勾留されたのであるが、同拘置所の看守は、獄中の右控訴人らに対し退職願を出すよう執拗に強要し、同年一一月六日には被控訴会社の者数名が監房内に訪ねてきて、看守と一緒に退職願を出すよう強要した。監房内で不安にかられている者に対し、会社の者と看守とが一緒になつて、退職願を書くよう強要したのであるから、右一四名の者は、ここで強要どおりにしておかないと、今後どういうことになるかも分らないという不安の念にかられ、その強迫に屈して遂に獄中で退職願に署名押印した。意思の自由を奪われた情況のなかでなされたかような意思表示は、取消をまつまでもなくはじめから無効である(大刑二明治三九年(れ)第一、一〇八号同年一二月一三日判決)。かりに無効でないにしても被控訴人らの強迫による退職の意思表示であるから本訴において取り消す。したがつてこの点からしても、右控訴人らに対する解雇は無効であるといわなければならない。

(二)  第一表中右一四名以外の控訴人らは、退職勧告を受けてから対策を協議し、解雇反対闘争資金、西門事件犠牲者救援資金及び当分の生活費にあてるために、退職諸手当を被控訴人から受け取ることとし、その手段方法として退職願を提出すること、ただ自発的に退職する意味で退職願を出すのではなく、闘争資金、生活資金に充てる意味で、退職手当をとるだけであるということを会社に通告しようということを協議決定した。もつとも、退職願を提出しないで闘争を続けるべきだという意見の者も少くなかつたが、解雇通告を受けた者としては、強いてその方法を統一することはしないで、退職願を出すにしても少くとも右の異議申立だけはしておくことにしようということを申し合わせた。この申合せにより、前示一四名以外の第一表表示の控訴人らは、被控訴会社の責任者に退職願を持参の上、任意退職する趣旨で退職願を出すものでないことを通告しようとしたが、被控訴人は福岡地方裁判所小倉支部の控訴人らに対する立入禁止の仮処分決定を楯にとつて、控訴人らが八幡製鉄工場内に立ち入ることを禁止したので、やむを得ず退職願を右工場の守衛に手交し、その守衛に対し被控訴会社側に前示趣旨を伝言するよう依頼して退職願を提出した。

その後、控訴人らは不当馘首反対同盟を結成して解雇に対する反対態勢を固め、解雇通告を受けた日から準備していた解雇反対の法廷闘争も、退職願提出によつて中絶することなく、昭和二五年一一月八日には馘反同盟として法廷闘争を進めることを全員で再確認した。第一表の控訴人らは、退職金を受け取ると直ちにその一部を法廷闘争の資金に充てるため、馘反同盟に提出した。かような解雇被通告者の動きはスパイ政策に長じた被控訴人には判明していたことであり、したがつて、退職願の提出が真に任意の退職願でないことも被控訴人には判つていた筈である。かような退職願の提出(退職の意思表示)は、民法第九三条によつて無効である。なんら正当な理由もないのに解雇通告を受けた控訴人らが被控訴人の不正と闘う手段として真意でない退職願を提出したことは、相手方の不正に対抗するやむを得ない方法であるから、信義に反するものではない。第一表記載の控訴人らが昭和二五年一二月一八日被控訴人に対し、「退職願を提出したのは退職に同意し、あるいは解雇を承認したものでない」旨通告したのは、右一八日に初めて、被控訴人に右の意思通知をしたのではなく、退職願提出のときに口頭で通告し、その後あらゆる機会に口頭で通告していたことを、再確認する意味で文書をもつて通告したに過ぎないのである。

本件事案の法律的評価として参考となるのは昭和二五年三月八日鳥取地労委の「あたかも従業員の頸首に白刃を擬して退職を強要したのとなんら選ぶところはなく、その間全く従業員の退職願提出についての自由意思の片鱗をも認めることはできない」(磯田進著岩波新書労働法二版六七、六八頁)や昭和二六年五月四日宮城地労委を援用し、なお、本件のような場合、合意退職でないこと、言い換えると旧労働組合法第一一条第三三条や旧労働関係調整法第四〇条の適用上使用者の不当労働行為を構成するものとした二つの判決を援用しておく(前者に付岡山地裁昭和二三年一一月二三日判決刑事裁判資料二六号四一七頁。後者に付福岡高裁昭和二四年八月二三日同上五五号二九三頁)。

(2)  第二表の控訴人らについて。

右の控訴人らは、被控訴人の解雇通告に付した期限内に、退職願を提出しなかつたので、解雇の取扱を受け特別退職金はもらつていない。しかし供託にかかる退職金と解雇予告手当は受領したため、原判決は被控訴人との間に解雇についての黙示の合意が成立したのであるから、今にいたつて解雇の無効を主張するのは信義に反すると認定したのである。しかし、右にいう信義則とは、資本家と労働者とを同等の力を有する対等者とみた上でのアダム・スミス的な信義則であつて、このような考え方が労働事件に適用されないことは、労働法の常識である。労働事件に関しては、労働法的な信義則が適用されなければならない。労働法的な信義則とは、資本家と組織労働者とは対等な取引ができるが、組織から離れた個々の労働失業者は、資本家との取引において対等ではあり得ないという前提に立つて、事件の真相を具体的に把握した上で信義則を考えることである。控訴人らは明示的にはもちろん黙示的にも解雇を承認したことはない。解雇の通告を受けたときから引き続き色々な機会に解雇の効力を争う旨を表明してきた。例えば不当馘首反対同盟を結成して、その決議を会社に通告し、被控訴人の工場に出勤してくる労働組合の組合員に対し断乎不当解雇と戦う旨のビラを配る等して解雇の効力を争う意思を表明し続けてきた。供託解雇予告手当、供託退職金等を受領したのは、かような闘いのさ中においてである。控訴人らが第一表記載の控訴人らのように、文書をもつて「退職に同意し、あるいは解雇を承認したものでない」旨被控訴人に通告しなかつたのは、それは当然自明のことで、あえて文書による通告を必要としなかつたからである。供託解雇予告手当、退職金を受けることによつて、被控訴人主張のように、暗黙の合意解雇が成立したと認められるならば、不当な解雇処分を受けた労働者は、当然受け取るべき賃金を受け取ることができず、解雇無効の勝訴判決が確定するまでの数年の間は、なんら収入の道を持たないまま、多大の経費を要する法廷闘争を続けざるを得ないのであるが、このようなことが許されるはずがない。被控訴人主張のような解釈は、資本主義社会のなかで、失業状態に放り出された労働者の実情を全く考慮しない形式論に過ぎない。まして、控訴人らのように解雇の効力を飽くまで争う意思を表明し続けている最中において、生活資金に窮し、当然受け取るべき賃金の前払(前借)という意味で供託退職金、解雇手当を受領した場合は、なおさら解雇について異議をのべない合意解雇が成立したと解すべきではない。

(3)  本件解雇は合意による不当労働行為として無効である。控訴人らは、いずれも明示、黙示の合意による退職をしたものではないが、かりに形式的に合意退職が成立したとしても、その合意は強行法規違反の事項を内容とする無効のものである。

すでにのべたように、被控訴人の控訴人ら全員に対する解雇(退職)申入の動機及び内容は、労働組合運動の熱心な活動家である控訴人らを企業から排除し、共産主義者又はその同調者と思われる控訴人らを、なんらの具体的な外形的事実もないのに、他の従業員と不当に差別扱いをしようとしたものであり、申入の方法は、控訴人らに自由な考慮選択の余地を与えることなく、資本力と権力を背景に、否応なしに申入を受け入れざるを得ないように、仕向けた強引な押し付けであつた。このように退職を押し付けることは、旧労組法、旧労調法上不当労働行為を構成するとせられたことは、(1)にのべたとおりである。違法な動機に基き、違法な事項を内容とし、違法な方法による解雇申入に対し、控訴人らがその違法を十分承知しつつ、やむを得ず申入に応じたとしても、これによつてなされた退職の合意は、憲法第一四条第一項、第二八条、労組法第七条第一号、労基法第三条に違反し、民法第九〇条により無効である。労組法第七条第一号は、憲法第二八条によつて保障された勤労者の団結権の侵害を禁ずるもので、単に使用者が一方的になしうる行為に限定して規定されたものではなく、たとえ、使用者と労働者との合意の効果として解雇又は不利益な取扱と同様な結果を生じ、従つてかような結果の発生が相手方たる労働者の意思表示のいかんにかかつている場合においても、前記団結権を侵害するかぎり、右第七条第一号の禁止するところである。使用者が不当労働行為の意思をもつて労働契約の解除に関する合意を成立させる場合において(使用者が不当労働行為意思をもつて労働者に勧奨して退職の意思表示をさせ、これを承諾して合意させた本件の場合も同様である。)、かような動機が表示され又は合意の目的とされており、しかも労働者において、この使用者の不当労働行為意思を明示又は黙示にそのまま承認して、その実現を主たる目的として合意の一方の意思表示をなし合意を成立せしめた場合は、合意の形式を利用して前示第七条第一号の不当労働行為意思を実現したものと解すべきである。

右の点からするも、控訴人らの退職願の提出ないし退職金等の受領が、合意解職もしくは解雇に異議を申し立てない旨の法律効果を発生するに由ないものである。

(4)  控訴人らはいずれも失業保険金の給付を受けているが、失業保険金受領の手段として必要な「失業保険被保険者離職票」を公共職業安定所に提出する際に、同安定所当局と話合の上、控訴人らの解雇は不当な解雇であるから、失業保険金の給付を受けた後も、解雇反対闘争は止めないということを申し入れ、後日解雇反対闘争で勝利を得、復職して被控訴人から賃金の支払を受けた場合には、受領済の失業保険金額は返還するということをきめた。口頭による取り極めだけでは後で問題になることを憂えて失業保険被保険者離職票に、その旨を書き入れた控訴人ら(控訴人為国輝夫外一八名)もいるのである。これらの事実は、控訴人らが解雇を黙示的にも承認したものでなく、合意退職の成立しなかつたことを証明するものというべきである。

三 本件解雇は社会的に不当な解雇処分であるから無効である。本件解雇が前示の各理由によつては無効でないにしても、解雇の動機、方法、内容その他どの点から見ても社会的にきわめて不当で、このような解雇処分は現行法一般の根本原則たる信義誠実の原則に違背し、また自由、平等を基調とする社会正義に背くもので社会的不当の解雇であるから無効である。

四 本件解雇は就業規則に違反しているので無効である。被控訴人の就業規則中には、人事に関する事項が規定されている。この就業規則によつて被控訴人は同規則の定める場合における人事権の行使の正当性を裏づけられる反面、同規則の定むる場合以外には解雇しないという拘束を受ける。すなわち、この意味において使用者は解雇権の行使を自律的に制限するのである。就業規則によらないで被用者を解雇するには、労使双方の合意する署名押印ある協定によるか、労働協約によらなければならない。この方法によらず就業規則を改正しないで、被控訴人が一方的に制定した解雇基準に準拠して解雇することは、就業規則を無視するもので、本件解雇はこの点からも違法無効なものといわなければならない。」と述べ、

被控訴人において「一 控訴人らが被控訴人から条件付解雇の通知ないし退職の勧告を受けた際に、これを拒否したということは否認する。控訴人らのうち退職願を提出した第一表記載の者についていえば、被控訴人が同人らの退職願を受領することによつて、同控訴人らと被控訴人との雇用契約(労働契約)は合意解約されたものであり、退職願を提出しないで退職金を受領した者は、退職金の供託書を受け取りこれにより退職金を受領するとともに被控訴人に対し、解雇についての異議権を放棄した効果を生じ、解雇の無効を訴求し得なくなるものと解すべきである。(この点後記二参照)控訴人らの主張事実中二の(1)の(一)に記載の原田明外一三名が小倉拘置所に勾留され、同拘置所内で退職願を認め、提出したことは認めるが、同控訴人らが強制強迫によつて退職願を提出したこと、及び右一四名を除く第一表記載の控訴人らが退職願を提出する際、守衛に対し控訴人ら主張の二の(1)の(一)に記載のような伝言を託したということは共に否認する。

(この点後記三参照)

二 整理通知書交付の際「この解雇は不当なもので承服できない」旨口頭で異議を留保したという点について。

被控訴人から整理通告書を交付される際、控訴人らのうち一部の者が通知書手交者に対し不平不満をぶちまけ、罵言雑言を浴びせたと判断されないこともない。しかし乙第五号証の一ないし一〇二の整理通知書は「貴殿に退職していただくことになりました。ついては、会社の措置を納得の上、来る十一月五日までに整員課長まで退職願を提出せられ、円満に退職せられるようお勧めいたします。右期日までに退職願の提出があつた場合は十一月六日付をもつて依願退職の取扱をいたしますが、願出のない場合は、同日付をもつて、本通告書を辞令に代え、解雇することにいたします」と記載してあるとおり、総べての者を解雇処分に付するというのではなく、むしろ円満退職を勧告し、これに応じない者はやむを得ず解雇処分に付するという停止条件付解雇通告の書面である。従つて、一一月五日までに退職願を提出して円満退職するか、あるいは退職願を提出しないで解雇となるかの選択の自由が与えられていたのであつて、合意退職の承諾を意味する退職願提出時または解雇の効力発生について停止条件の成就する一一月六日を待たなければ、整理通告書を受け取る際、かりに、口頭で申出をなしたとしても、それは、いまだ合意退職や解雇の効力が発生しない時期における異議であつて合意退職または解雇そのものの法律効果にはなんら影響のないところである。すなわち、整理通告(合意退職の申入れ)を受けてから一一月五日までの間に退職願が提出されると、かりに、通告書受領の際口頭で異議の申出をなしていたとしても、退職願提出と同時に雇用契約は合意により終了する効果を生ずるものである以上、通告書受領の際の口頭による異議申出はなんらこの効果発生の障害とはなり得ないものである。また一一月五日までに退職願を提出しないで解雇となつた控訴人らは、そのときにはじめて解雇という法律的効果が生じるのであるから、通告書受領の際の口頭による異議申立はなんら右効果の発生に関係はない。更にまた、かりに退職願を提出した控訴人らは通告書受領の際、一応口頭で異議は述べたと仮定しても、通告書を受領した時から一一月五日までの考慮期間中において、四囲の情勢、一身上の事情等あらゆる点を考慮して、退職願提出の途を選んだのであるから、控訴人らが自己の真意に基かないで退職願を提出したものであり、被控訴人は、控訴人らの退職の意思がないという真意を知りまたは知ることを得たはずであつたので、心裡留保により合意退職は無効であるという控訴人らの主張は理由がない。一一月五日までに退職願を提出しなかつたため、当然解雇となつた控訴人らについてみると、昭和二五年一一月八日における一般投票の結果、本件整理解雇を組合が承認し、従つて控訴人らはもはや組合の支持を受け得なくなつたこと、その他諸般の事情を熟慮の末、被控訴人が退職金の支給に替えて、退職金と明示して供託した供託金を受領した以上解雇に対する異議権を放棄して退職金を受領したこととなるのである。

三 退職願を提出した控訴人らは馘反同盟の決定に従い全部解雇を認めて退職願を提出するものではない旨退職願提出の際異議を留めたから合意解雇の効果は生じないという主張について。

右のような異議の留保がなされたことは争うものであり、被控訴人としては当時馘反同盟が結成されたのか知る由もなく、また果していかなる決定がなされたかは不明であるという外はない。この点に関し控訴人らの提出援用する証拠は互に矛盾し信用力がない。もし口頭による異議留保がなされ、その上乙第八号証の三の一、第八号証の四の一(共に通告書)が発信されたとすれば、右通告書には当然退職願提出の際異議を申出た趣旨のことが記載されてある筈であるのに、右書証にはこれについてなんらの記載がないのは、奇異といわなければならない。

四 控訴人らは、失業保険金受領の際「自分らは解雇を承認してやめるものではない。生活資金、闘争資金として保険金を受領するものである」と異議を留めて受領しており、控訴人為国輝夫外一八名は離職票に文書で右の異議を記載している位であるから解雇を認めるものではないとの主張について。

右は民法第九三条ただし書により退職ないし合意解雇の効果を争うものと考えられるが、離職票に異議を留めたとしても、その主張は当らいし、当事者たる被控訴人に退職の際異議を表示してこそ退職願は真意によるものでないことを知り得られるであろうが、当事者でない第三者たる職業安定所に対し、退職の効果が生じた後に右の表意をしても、それだけで心裡留保による無効を生ずるものではない。」と述べ、

た外は、原判決に示すとおりであるから引用する。

(証拠省略)

理由

当裁判所は、つぎのとおり付加訂正するの外、原判決と同一の理由で控訴人らの請求はいずれも排斥するの外ないと認めるので、ここに原判決の理由を引用する。

一、原判決二一丁裏三行の「同号証の六及び六の一、」を「同号証の六の一、」に改め、同二二丁表六行の「乙第三十九号証」を「乙第三十九号証の一ないし一七」に改め、同二四丁裏八行の「組合大会を開いた結果」を「組合員の一般投票の結果」に改め、同二七丁裏六行以下の「十一月二日開かれた組合中央委員会に於ても之を組合大会の一般投票に掛くべしとの案に対し」を「十一月四日開かれた組合中央委員会においても、これを組合員の一般投票に付すべきであるとの案に対し」に改め、同三五丁裏二行の「八日組合大会において」を「八日組合の一般投票において」に改める。なお、控訴人田原正己関係において、解雇通告の日が昭和二五年一一月一日とあるのを同年一二月一日に退職願提出期限同年一一月五日とあるのを同年一二月五日に、依願解職取扱ないし解雇の効力発生日同年一一月六日とあるのを同年一二月六日に、退職願提出の日を同年一二月四日付に各訂正する。

二、原判決挙示の各証拠及び成立に争のない乙第四一号証の一の六の二…(中略)…当審証人池末勤、同徳永瑞夫の各証言の一部(共に後記排斥する部分を除く)を総合すると、原判決認定の事実を認めることができ、なお、つぎの(1)ないし(6)の事実を認定することができる。

(1)  事実摘示一の本件解雇は憲法第一四条第一項、第二八条、労働基準法第三条、労働組合法第七条第一号、民法第九〇条により無効であるという控訴人らの主張について。

右主張の理由のないことは、原判決説示のとおりであるが、少しく補足すると、乙第一号証の整理実施要領は、乙第三七号証の一(甲第二号証にあたる)の範囲内において制定されたもので(この点後記二の(5)参照)、控訴人らはすべて右整理実施要領の整理基準、調査事項該当者であるため解雇の通告を受け解雇されたものであり控訴人ら主張の事実摘示一のような事由によつて解雇されたものではない。そして、被控訴人の控訴人らに対する解雇の通告が不当労働行為を構成するにおいては、たとえ、控訴人らがこの通告に応じて退職願を提出して退職し、その他合意退職の形をとつたとしても、その退職が解雇通告と因果関係なくしてなされたのでないかぎり右は憲法第二八条労働組合法第七条第一号民法第九〇条により無効と解すべきであることは、控訴人ら主張のとおりであるけれども、本件解雇の通告は前認定の事由に基いてなされたものであり、不当労働行為を構成するとは認められず、また、控訴人らの思想信条のみを理由として解雇したものでもないので、控訴人らの主張は理由がない。

(2)  控訴人らは退職願を提出した際はもちろん、解雇の通告を受けて以来解雇の不当を主張し、解雇につき異議を述べたので、合意退職ないし、これに準ずる効果は生じない。また民法第九三条但し書によつても本件解雇は無効であるという主張について。

控訴人らが解雇の通告を受けた際、憤慨してその通告に対し異見を述べたであろうことは推認するに難くないけれども、第一表記載の控訴人らが被控訴人工場の門の守衛に退職願を提出した際、これを受領した右の各守衛に対し、控訴人らはいずれも退職願は提出するが、決して解雇を承認するものではない旨異議を留めたという点については、かような事実のないことが確認されるばかりでなく、控訴人らは、退職願を出して退職金を受けとれば、むろん退職を承認しこれについての異議権を失う効果を生ずることを知悉して退職願を提出したことが認められるのである。成立に争のない甲第九八号証の二から同号証の一五まで、同甲第一〇〇号証の一から同号証の四まで、同一四七号証によると、控訴人為国輝夫、高村忠夫、吉村福雄、西繁秋、鎌田博信、緒方孝男、宗像満信、吉村和稔、岡田五郎、高木広義、片山信生、宅野孝城、原田明、松岡順子、深田護、松尾喜久男、桑村茂、本村友喜、渋谷勝の一九名については、同人らの失業保険被保険者離職票に、解雇を承認するものではなく、解雇に関して目下訴訟中であるから勝訴の際は給付を受けた失業保険金は国に返還する旨欄外に(控訴人渋谷勝のみは欄内)記載の存することが認められるけれども、右離職票にかかる記載が存し、また所轄職業安定所の係官に対し離職票記載の事項を表示表明したからといつて直ちに控訴人ら主張のような法律効果が生ずるものではなく、すでに解雇の効果が生じた後において、失業保険被保険者離職票に、右の記載が存するからといつて被控訴人が控訴人らに退職の意思がないことを知り又は知り得べかりしものであるということを推認することはできない。控訴人らが馘反同盟を結成し、本件解雇に反対する態度をとつたことは推認されるけれども、控訴人らに対し解雇の効力ないし合意退職の効力が生ずる前に被控訴人に対し書面または口頭をもつて解雇につき異議を申し出たという確証はなく、(当事者弁論の全趣旨によると、甲第九九号証の二の訴状は遂に裁判所に提出されなかつたと認めるのが相当であり、)かりに、同号証は、福岡地方裁判所小倉支部に提出されたけれども、書類不備の理由で同裁判所から返戻されたとしても、そのことによつて、控訴人らの本訴請求を支持しうる資料となるものではない。要するに、被控訴人は控訴人らの退職願が各人の真意に基いて提出されたものとして受理したのであつて、退職の意思がないのに退職願が提出され退職金が受領されたというがごとき事実を知らず、また知り得べかりしものでもなかつたことが認められる。

(3)  事実摘示二の(1)の控訴人原田明外一三名の退職願の提出は強迫による無効ないし取り消しうべき意思表示であるという主張について。

第一表中の控訴人原田明、山口幸生、吉村和稔、岡田五郎、高木広義、赤城武美、片山信生、宅野孝城、石川悟、田中春郎、末永光男、野中文雄、江藤義彦、宗像満信の一四名は、昭和二五年一一月六日小倉市城野拘置所に勾留中被控訴会社の者及び拘置所看守らの強迫によつて意思の自由を奪われて退職願を提出したのであるから無効である。無効でないにしても本訴において取り消すと主張し、右一四名の者が退職願提出当時(昭和二五年一一月六日でなく、同年同月四日及び五日である)右の拘置所に勾留されていて、同拘置所から退職願を提出したことは当事者間に争がないところであるけれども、なんら右のような強迫の事実のないことが認められる(乙第五七号証の一、二と当審証人生野善政の証言の一部参照)ので、右主張は理由がない。

(4)  つぎに控訴人らは、本件解雇は社会的に不当であるから無効であると主張するが、本件解雇通告の事由は、控訴人らについて、先に認定したような事実があるためになされたものであつて、本件解雇が公正でないとか信義則に反して社会的に不当であると認めるべき証拠はないので右主張は理由がない。

(5)  本件解雇は就業規則に依らず、被控訴人が一方的に制定した解雇基準たる整理実施要領に基いてなしたものであるから、就業規則に違反し無効であるとの主張について。

就業規則に解雇に関する定めがある場合は、使用者は同規則にしたがつて解雇をなし、同規則の定める以外の場合には解雇しないという自律的拘束を受けること。就業規則によらないで被用者を解雇するには、労働協約ないしこれに準ずる協定によらねばならないことは、控訴人ら主張のとおりである。しかし乙第一号証の整理実施要領と乙第三七号証の一の被控訴会社の就業規則とを比較対照して見るに、前者は後者にてい触せず、後者の第四五条、第四七条、第五二条の範囲内において解雇の基準を設定したものと解するのが相当であるから、結局は整理実施要領に基く本件解雇は就業規則に基かない違法があるということはできないので、前示主張は理由がない。

(6)  前引用の原判決説示のとおり控訴人らのうち一部の者は、昭和二五年一二月一八日(乙第八号証の三の一)に他の一部は同二六年二月七日(乙第八号証の四の一)に、内容証明郵便で被控訴人に対し被控訴人がとつた解雇を不当として抗議をなし、控訴人らは解雇を承認するものではなく、公正な裁判に訴えてあくまで戦う旨表意したことは認められるけれども、それ以来、直接被控訴人に対し解雇の無効ないし不当を争うこともなく、二年数ケ月を徒過した末漸く昭和二八年六月三日になつて本訴を提起して、解雇の無効を主張するにいたつたことは、記録並びに原判決認定事実に徴し明らかである。この点について原判決が「第三別紙第二表記載の原告等の関係」において説示していることは、第一表、第三表の控訴人らについても、多少の修正を施して言い得るところであるので、第一表ないし第三表の控訴人らは、この点からするも、本件解雇の無効を主張し得ないものと言わなければならない。

三、引用の原判決認定を含めて、以上の各認定にてい触する原審及び当審証人蔀充、当審証人三重野久雄、……(中略)……吉良静男の各証言、原審及び当審控訴本人緒方孝男、……(中略)……江藤勲の各尋問の結果は前挙示の証拠と対照し、信用しがたい。また、前挙示の証拠価値を否定し(あるいは証拠抗弁を兼ねて提出されたとも認められる)、前認定にてい触し、もしくはてい触するかのようなつぎの書証ないし訴訟資料、すなわち、甲第一七号証、……(中略)……甲第一四一号証は信用しがたいし、その他の証拠、訴訟資料で前示認定を動かして、控訴人らの主張を支持するに足るものはない。

もつとも当事者弁論の全趣旨によつて成立のみを認めうる甲第五三号証の一〇(控訴人末永光男関係)、……(中略)……甲第三四号証の一の七の二(控訴人渡辺保)によると、右控訴人らは被控訴人から勤続一〇年などの理由で表彰状を授与されていることが認められるのであるが、前示乙第四九号証の一、二同号証の二の一ないし同号証の七によれば右の表彰状は勤務成績の良否いかんにかかわりなく、所定の期間継続勤務する者に対し形式的に授与されるものであることが認定されるので、前示控訴人らが前示表彰状を授与されたということは、前示認定の妨げとなるものではない。

よつて原判決は相当で控訴を理由なしと認め、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 秦亘 山本茂)

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